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自分の心をコントロールできない自分
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2008/04/17(Thu)
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普通に生きたい。
平常心を保っていようと思えば思うほど、人が、周りが怖くて、これから生きていく未来は絶望的としか思えない。 目の見えないモグラのように真っ暗な道を一生懸命掘り進んでいくのは良いけれど、 自分以外の周りには止まっているようにしか見えないほどの速度でしか進めない人生なのだろう。 そんなふうに生きて、死ぬまでに1ミリでも光を見ることが、この私にできるのだろうか。 今の私はそんなことはありえないと思っている。 そんな希望は目標とか夢なんかじゃなくて、ただの理想でしかない。 頑張れば、努力すれば、いつか必ず光が射し込むと言うけれど、 私はもう限界まで頑張って努力した。 限界を超えた極限と言っても大げさとは思わない。 私はそれだけ傷付いてきた。 それを乗り越え今やっと辿り着いた今に待っていたのは、我慢と忍耐。 例えるならば、生まれてから今までずっと斧で心をズタズタと切り裂かれてきた。 その攻撃が終わり、小さな心の破片でこれ以上は傷付かずに済むと思ったのに、立ち上がって前を向けば真っ暗闇だった。 そんなわけはないと歩いてはみたものの、一向に先は見えないままだ。 見えたのは理想の世界。 ドラえもんが実際にいたら・・というような、実際には決してありえないおとぎ話のような幻想。 こんなはずじゃなかっった。 思い描いていた自分は、未来は、やわらかい光が射す道を背伸びをしながら歩いているはずだった。 それはきっとすごく細い道なんだろうけど、見えないずっと遠くまで続いている道なんだと、そんな風に思っていた。 今はまだその道の入り口に辿り着けていないのかもしれないが、私はこれ以上はもう歩けない。 歩きたくない。 そんな自分だけれど、 実は私はもうその道を歩いていて、光を見ようとしてないだけなんじゃないか、とも思う。 誰にだって幸せになる権利はあるし、チャンスなんて自分の考え方次第でいくらでもモノに出来るはずなのだ。 ドラえもんだってそろそろ現れてもおかしくない現代じゃないのかと、理想と現実がゴッチャになった思考回路で頭の中はいつもボーッとしている。 被害妄想だと思われてもしょうがないけど、私は傷口から流れ出す血を止めずに今まで歩いてきてしまったんじゃないだろうか。 時が過ぎるごとに少しずつ傷口は小さくなっているけど、今もまだそこから血が流れているのかもしれない。 止血方法を私は知らなくて、 誰も教えてはくれなかったし、今突然血だらけじゃないかと言われても混乱するだけなのだ。 どうして血だらけなのか、その理由を自分でわかっていないから。 無防備な状態の時に切りつけられた傷の血を止めるのは難しいことなんじゃないかと、私は思うのでした。 それは殺人未遂に匹敵すると言っても言いすぎではないと思っています。 それでもね、どうにか笑っていたいんです。 言ってることが矛盾しているのはわかってますが、どうせある今は同じなので、1回でも1秒でも多く笑いたいです。 どんなに小さなことでもいい。全てを見失ってしまう前に・・。 |
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燃料電池と30代,40代の転職
燃料電池とは、酸素と水素が結合する際に発生する電気を利用した発電装置のことをいう http://macebearer.photobycolin.com/ |
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